「うわわあああああああああああああ!!!!!!」

館の裏手から志貴と思われる絶叫が響いた時、アルクェイド達は崩壊した屋敷で半ば半狂乱になって志貴を捜していた。

「今の声は?」

「志貴兄様!!!」

その絶叫に誰もが首を傾げていたが、確信に満ちた声で沙貴は誰よりも早く声の元に走り出した。

「あーーーっ!!」

「お待ちなさい!!」

「ずるいですよーー」

そんな声が聞こえたが沙貴の耳には入らなかった。

一刻も早く志貴の無事を確認したい、志貴の笑顔を見たい、志貴に抱きつきたい、・・・彼女の頭の中はそれで一杯だった。

やがて、裏手と思われるところで捜し人を見付けたが、様子が変だ、何も無い空間にナイフを出鱈目に振るっている。

「ああああああ!!!!!」

志貴の恐怖に満ちた絶叫・・・いや悲鳴に近いだろう・・・を耳にして、沙貴はしばし呆然としていたがはっとすると、そのまま志貴に飛びついた。

「兄様!兄様!!落ち着いてください!!」

「あああ・・・えっ!?」







「兄様!兄様!!落ち着いてください!!」

沙貴の声がすぐ耳元で聞こえた時、俺は、我を取り戻していた。

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・さ・沙貴・・・か?」

「・・・はい・・・兄様・・・良かったご無事で・・・」

沙貴のそんな声を聞きながら俺は力なく地面にへたり込んだ。

「・・・・・・・」

そのままの体勢で俺は呼吸を整え、気持ちを整理した。

「・・・・・・・」

沙貴も俺の気持ちを察しているのだろう。

ただ黙って、俺の背中をさすりながら、俺が話し出すのを待っている様だった。

しかし・・・天災と言うものは忘れた頃にやって来ると同時に、来なくても良い時に限って来るものだと言う事を、俺は嫌と言うほど身にしみる結果となった。

「いた〜〜〜〜〜〜!!!し〜〜〜〜き〜〜〜〜!」

「きゃっ!!」

能天気な声が沙貴のかすかな悲鳴を掻き消し、背中の感覚は一瞬無くなったと同時に新しい何かが覆い被さってきた。

「こーーーーのーーーー!!あーぱー吸血鬼!!!七夜君の背中に張り付くのはやめなさーーーい!!!」

「兄さんに抱き付いて良いのは私だけです!!」

「志貴様・・・ご無事ですか?」

「志貴さん大丈夫ですか〜?」

「・・・・・志貴さま」

皆の声を聞いている内にだいぶ落ち着いてきた。

「・・・もう良い。だいぶ落ち着いたから、ありがとうなアルクェイド」

「えへへーー」

「・・・それに沙貴もさっきはサンキュな」

「い、いえ・・・そんな」

「それで、皆、何でここに?」

俺はその台詞を言った瞬間後悔した。

沙貴を含めた全員の視線が怖いものに変貌したのだ。

「七夜君、ぜひとも聞かせて頂きたいのですが」

「兄さん私の質問にもお答えして頂きたいのですが」

「志貴様お伺いしたい事が・・・」

「志貴さ〜ん全部答えてくださいね〜〜」

「私の質問にも答えてください」

「志貴、私の質問にもね」

「先輩答えますから、火葬式典付きの黒鍵を収めて下さい。秋葉も髪を紅くするな。翡翠に琥珀さんも抑えて、レン、君も・・・ってアルクェイド、眼を金色にするな」

「兄様・・・私もぜひお聞きしたい事が・・・」

「・・・さ、沙貴・・・頼むから包帯を取るな。出来る限り答えるから」

七方向から同時に受ける冷たすぎる視線に俺は全員を宥めるのに暫くの時間必死になったのは言うまでも無い。

そうしないと命が本当に無いから・・・







「・・・と言う訳だ。別に沙貴の事を隠していた訳じゃあない。今回の事は俺達七夜の中の問題だったから俺と沙貴で片を付けようとしただけだし」

と、俺がまずアルクェイド達に『凶夜の遺産』の事と俺の傍らにいる沙貴の事の説明をしていた。

ただし、沙貴が俺と同じ『凶夜』である事も沙貴が『破光の堕天使』である事は言わなかったが。

「ふーん、どうだか怪しいものね」

「はい・・・」

「こと、女性の事に関しては志貴さんの信用はマイナスですから」

「同感です」

「私も七夜君の女性関係には信頼できません」

「そうだよねー、志貴浮気性だし」

皆・・・きつすぎやしませんか?

「ですが七夜君、今回の事は危険過ぎます。それは要するに人でなく魔に堕落した者達の亡霊と戦うと言う事なのでしょう」

「そうね。私も『凶夜の遺産』なんて初耳だけど人でありながら空間移動を自在に操る敵と戦うなんて危険よ」

「空間を支配する凶夜はもう滅ぼした。あれと戦う事はもう無い」

俺がそう言うと皆ほっとした表情になった。

「これで『空間を繋げる館』は滅ぼした。残る遺産は五つ・・・」

「はい」

「「「「「「えええーーーーーーー!!!」」」」」」

俺の言葉に沙貴は頷き残り全員は絶叫した。

「ちょっと兄さん!!五つってどう言う事ですか!!!」

「言葉のままだよ秋葉、『凶夜の遺産』は合計六つ。今回一つ目の遺産を滅ぼした。残りは五つ、簡単な計算だろ」

「そう言う事を聞いているんじゃありません!!!」

「つまり今回の様な異形の能力者の亡霊が後五人もいると言う事?冗談じゃないわ!!志貴!そんなのそこの女に任せればいいのよ!!」

アルクェイドがびしっと沙貴を指さすと沙貴はびくっと体を震わせた。

「今回に関してはアルクェイドに賛同します」

「大方その女が、兄さんの人の良さに付け込んで、巻き込んだのに決まっています。いいですか、人の兄を他人事に巻き込まないで下さい」

アルクェイドの言葉に賛同した秋葉と先輩が沙貴に冷たい視線を突き付けながら言葉を紡いで行く。

翡翠達も口には出さないが沙貴に非難の視線を向けている。

沙貴は何も言わずただ俯いて、黙って聞いている。

「おい・・・皆・・・」

「兄さんは黙っていてください。だいたい・・・」

「秋葉!!!!」

「!!」

俺は更に言い募ろうとする秋葉に思わず大声を上げると、全員から沙貴を守る様に立った。

「皆・・・沙貴をあまり責めるな」

「志貴・・・なんでその女を庇うのよ」

「そうですよ、だいたいあの館には七夜君一人しか入らず彼女は外で待っていただけじゃないですか」

「それは違う」

「そう、あの館・・・いや『凶夜の遺産』は初めから志貴だけを狙っていた」

その言葉と同時に鳳明さんが俺の体内から現れた。

「あーーーー!!七夜鳳明!!」

「確かアルクェイド・ブリュンスタッドだったか・・・久しいな」

「七夜君!!こ・これは一体・・・」

「今回の事を志貴に頼んだのは俺だ」

「そう、そこに沙貴がいただけなんだ。だから皆が沙貴を責めるのはまったくのお門違いだぞ」

「そのような事よりも!!最初から兄さんを狙っていたって、あなたが兄さんをこの様な事に巻き込まなければ・・・」

「奴らはありとあらゆる手で、志貴の抹殺にかかるだろうな」

「!!」

「最初入った時から漠然と感じてはいましたが、『凶夜の遺産』は・・・俺の命を奪う・・・と言うより俺を仲間にしたがっていましたね」

「ああ、しかしそれを拒絶されるや今度は志貴を殺そうとした。・・・それに志貴覚えているか?奴はこうも言った"お前の体を復讐の礎とする"とな・・・なぜ屍ではなく体と言ったのか・・・もしかしたら・・・奴らに必要なのは志貴の能力ではなく志貴の肉体なんじゃあないのか?それも生死問わずに・・・」

「たぶん目的はそれでしょう。でも分らない事があります」

「そう、なぜ『凶夜の遺産』が志貴の肉体を欲するのか・・・」

「・・・それに・・・乱蒼が最期に言っていた・・・神・・・こいつは・・・」

「こいつは・・・俺にもわからん。しかし・・・全ての『凶夜の遺産』が今の時期に揃って力を得たと言うのには何かあるな・・・それもとんでもない何かが・・・」

「はい・・・」

「取り敢えず志貴、今日は休め。今後の事は明日、検討すればいい」

「・・・そうですね・・・」

鳳明さんの言葉に俺はほっとした。

あれを見た以上、少なくても今日はこれ以上行える気は俺には無い。

しかし・・・俺はそれでもこれを貫徹しなければならなかった。

なぜなら・・・

「では兄さん、屋敷に帰るとしましょうか」

不意にそう言うと秋葉は俺の手を取り連れて行こうとした。

「へっ?おい、秋葉屋敷って?」

「遠野の屋敷に決まっているでしょう」

「志貴にはまだまだいろいろと話してもらわないといけないんだから」

「少なくとも数日間は覚悟して下さいね、七夜君」

「「・・・・・・」」

「あはは〜志貴さん洗いざらい吐いちゃって下さいね〜」

「あっ・・・兄様・・・」

「あなたは来ないで下さい」

「!!」

「あなたが七夜の生き残りと知ったからには尚更です」

「・・・・・・」

「それに・・・」

「秋葉」

ぱーーーーーーん

乾いた音が響き渡った。

秋葉は俺に叩かれた右の頬を押えて呆然としている。

他の皆も初めて俺の行った行為に驚いている。

「・・・に、兄さん・・・」

「お前にもわかるだろう秋葉、・・・一番会いたい奴に会う事の出来ない寂しさって言う奴が・・・お前にそれくらいの事がわからない訳が無いだろう」

俺の方は遠野の屋敷に戻って初めての事を・・・妹に平手打ちしたにもかかわらず、気分は落ち着いていた。

「ですが兄さん!!」

「・・・皆が俺を心配してくれる気持ちは嬉しい。これは本心の中の本心だ。でもな・・・この仕事は・・・『凶夜の遺産』の始末は俺がつけなくっちゃならないんだ」

七夜の末裔と言うだけでない。もっと重要な何かの為に・・・

「それに・・・俺は沙貴を放っておけないんだよ。俺にとってはもう一人の妹なんだから・・・」

その言葉に秋葉の方は、俯いて聞いていたが、やがて、

「そうですか・・・兄さんは私よりもそんな女の方が大切なのですね・・・」

目に涙を浮かべ、怒りに満ちた表情で俺を睨んでいる。

「おい・・・秋葉・・・そうじゃなくて・・・」

「わかりました!!!!兄さんはとっとと遺産なり何なりの始末とやらをすれば良いでしょう!!ご自分の好きな事を勝手にやってて下さい!!!!!」

そう言うと

「アルクェイドさん、シエルさん、翡翠・琥珀帰るわよ」

「えーーーっ!!」

「・・・良いんですか」

「秋葉様・・・」

「秋葉様落ち着かれた方が」

「良いから!!帰るわよ!!この人のやっている事なんかもう知りません!!」

そう一喝すると、アルクェイドと先輩の耳を引っ張ると、引き摺る様に歩き出した。

「ちょっと妹!!痛いーー」

「秋葉さん!!耳がちぎれます!!」

その光景を唖然として見ていたが不意に、

「志貴様・・・」

「あの〜志貴さん」

「・・・志貴さま」

「ほら、翡翠に琥珀さんも行かないと、秋葉に怒られるよ。・・・大丈夫だから・・・俺は。レン、君も戻って・・・」

「志貴様・・・お早いお帰りを」

「志貴さん秋葉様には・・・」

「ああ、後で、全部終わったら謝るよ」

「はい・・・志貴さん本当に気をつけて・・・」

「・・・」

「レンも・・・な?」

「はい・・・」

翡翠達も最初は渋っていたがやがて、翡翠は静かに一礼し、琥珀さんはぎこちない微笑みを浮かべ、レンは寂しげに俺を見上げると、そのまま秋葉達の後を追い始めた。

「・・・ふう・・・」

「・・・兄様・・・」

「ん?どうした沙貴?」

「・・・ごめんなさい・・・秋葉さんと喧嘩になってしまって・・・」

「気にするな沙貴、俺は俺の思うがままに選んだんだ。お前が気にする事じゃない」

「・・・はい・・・」

俺は軽く溜息をつくと、

「・・・で、先生何時までそこにいる気ですか?覗きなんて趣味悪いですよ」

「あら、ばれていたの」

後ろを振り向かずそう言うと、先生が脇の草叢から姿を現した。

「大変な事になったわね」

「はい・・・正直言えば辛いですけど、こればかりは仕方ありません」

「それにしても君も成長したわね。あの妹さんに平手打ちとはね」

「あれはつい、かっとなっちゃって」

「それほど沙貴を大切にしていると言う事ね。よかったわね沙貴」

「・・・はい・・・」

「先生、沙貴をからかうと後が怖いですよ。・・・で、何の用ですか?」

「そうそう、本題に入るわね」

そう言うと先生は静かに俺を見ると一言

「単刀直入に聞くわね。あの志貴が纏った紅い鳥のようなのは何なの?」

俺は少し頭をかくと、

「やはりそれは言わないと駄目ですか?」

「ええ、協会への報告書にも書かないといけないし、何より後ろの陰険司教が"なにがんなんでも答えさせろ"ってうるさいから・・・」

「ふふっ・・・俺もそう言ったうるさいのは嫌いですから・・・答えます。簡単に言えばあれもこいつらの具現化能力の一つです。俺は『鳳凰』と呼んでいます」

そう言いながら鞘に収めた『凶断』・『凶薙』を手に持ちながら答えた。

「詳しくお願いできない?」

「理屈は簡単ですよ。俺の体を中心にこの二本の妖力を纏って、対象に突入します」

「でも志貴、その点じゃあその刀単独の・・・確か『昇竜』と『降竜』だったっけ?それと変わりないと思うんだけど」

「はい、原理は『昇竜』・『降竜』と同じです。違う点は、力とスピードが桁違いにでかいんですよ。なにしろ、『凶断』・『凶薙』この二本の全妖力を使用しますから」

「へぇ〜そんな能力を何故今まで使わなかったの?」

「二つあります。一つはこいつの会得に時間が掛かりました。何しろ二本同時に、尚且つ同じ量の妖力を放出しますから、つい最近ようやくマスターできたんですよ。そしてもう一つが・・・魔殺武具に共通している最大の弱点ですが・・・」

「魔殺武具は保有している力を全て使い切れば途端に脆くなってしまう」

「はい、通常の使用でしたらそれほど影響はありません。しかし『鳳凰』は違います。二本に宿る力を全て使用して対象に目掛けて特攻を行います。ですから万が一あれに耐え切られると後が続かないんです。ですからあれは奥の手として使用する事にしたんです。幸いこの鞘は無尽蔵の妖力を貯蔵していますから、あれを使った後も補給できますが」

そう、これこそが『凶断』・『凶薙』を最強の魔殺武具と呼ばしめている所以の一つ・・・

「なるほどね。それについては良くわかったわ。で志貴、君はやはりこの先も・・・」

「ええ、遺産の破壊を行います。そうでないと秋葉と喧嘩までした意味が無くなりますから」

「わかったわ。君が思うように行きなさい。きっと妹さんもわかってくれる筈よ」

「そうだと良いんですが・・・」

「そうなるわよ・・・さてと、じゃあ、私はこれでね」

「青子先生行ってしまわれるんですか?」

「ええ、貴女や志貴のお邪魔になるだろうから」

「・・・・・・」

「ふふっ赤くなっちゃって、沙貴、志貴にいっぱい甘えないと駄目よ、じゃあ志貴またね」

そう言うと一陣の風が吹き、先生の姿はもう消えていた。

「・・・ありがとうございます先生。じゃあ沙貴、今日は戻ってホテルで休むとしよう。明日以降は鳳明さんとホテルで相談と言う事で」

「はい、私に異存はありません」

そう言うと、俺達はその屋敷跡を一瞥した後、もう振り返る事無くそこを後にした。








街に戻り、あらかじめ予約を取ってあったホテルにチェックインした俺達は、直ぐに部屋につくとまず鍵を掛け、窓にはカーテンを閉めると、

「鳳明さん出て来て良いですよ」

「ああ」

「鳳明さま、これで『凶夜の遺産』をまず一つ破壊しました」

「それで残り五つの遺産は何処に?」

「ああ・・・実はこの近く・・・スイスに二つ目の『凶夜の遺産』がある。今度はそこに行こうと思っている」

「スイスですか・・・で、その遺産の名は?」

「『時空を歪める像』だ」

「はあ・・・『時空を歪める像』ですか・・・そうなると能力は時空跳躍(タイムワープ)ですか?」

「ああ、その『凶夜』は時空の間の壁を壊すのでは無く、すり抜けて時間を跳躍していたらしい」

「そうなると、次の遺産には直接な攻撃法は無いのですか?」

「ああ、彼の能力はあくまでも補助的なもので直接的な攻撃法は無いが・・・」

「安心は出来ませんね。『力の象徴』と言う手もあるんですから」

「そうだ、しかし我ら七夜もとんでもない置き土産を残していったよ」

「まったくです・・・で、鳳明さんこの際全ての『凶夜の遺産』の名を教えてもらえませんか?」

「そうか・・・それがな志貴、俺が名を知っているのは、この二つだけなんだ。あと知っているのはこの歌だけ・・・」

「歌?何なのですか?」

そう俺が聞くと鳳明さんは静かにそれを歌いだした





     ふれるなかれ

           ふれるなかれ   

                 六つの怒り  

                                 六つの憎しみ   

                                           六つの悲しみ 

                                                  六つの封印

                                      それにふれるは末世の始まり

                 それを語るは終焉の幕開け

                          語る事無く  

ふれる事無く常世の闇に封じよ



「・・・変な歌ですね」

「ああ、元々は歌というよりも戒めの文だったんだが、時が過ぎて形が変わってこういう形の歌に変わったらしい」

「らしいって・・・」

「ああ、俺が生きていた頃にはもうあった。七夜の始祖が創ったものであるという話もあの頃あったんだ」

「そうなんですか・・・」

「ですが・・・鳳明さま、この歌詞の『六つの怒り、六つの憎しみ、六つの悲しみ、六つの封印』・・・これは『凶夜の遺産』なのでは・・・」

「そんな大昔に今日の事を予測していたと言うのか・・・それは考えられないな、未来視の能力者は確かに存在する。しかし未来を見れるのは、どれほど卓越した能力者でも一日・・・長くても数日後の事だ。こいつが人間としての限界だからな、数千年先の事まで見れるとは到底思えん」

「そうですよね・・・」

「しかし歌詞も六つ、遺産も六つ・・・妙に符合しますよね」

「そうなんだ。中途半端に共通するから何の事なのか・・・さて話はここまでだ、明日、スイスに飛ぶ。志貴・沙貴お前たちは休んでおけ。この話はまた後日にでもな」

「はい」

「判りました」

「じゃあ、スイスに到着したら言ってくれ」

そう言うと鳳明さんは静かに俺の体内に入り込んだ。

「・・・」

「・・・」

沙貴と二人だけと判ると俺も沙貴も妙に緊張し始めた。

「・・・さ、さてと・・・シャワー浴びてさっさと寝るか・・・」

「あ・・・」

「おい?沙貴?熱でもあるのか?顔が・・・」

「!!い、いいえ!!大丈夫です!!・・・じゃ・じゃあ私からシャワー浴びてきます」

そう言うと沙貴は俺と眼を合わさない様にそそくさと隣の浴場に入っていった。







「・・・ふうっ・・・」

私はシャワーを浴びながら静かに溜息を付いていました。

(志貴兄様と同じお部屋で・・・)

そう思うだけだと言うのに、心臓の鼓動はますます早くなり、どうしようもないほど気持ちが高揚してしまう。

(やだ、私ったら何変な事想像しているの?志貴兄様とは昔よく一緒に寝たじゃないの?なのに・・・どうして・・・)

理由はわかっていました。

(アルクェイドさんもシエルさんも・・・皆、兄様に・・・愛されている・・・)

(なのに・・・私だけ・・・まだ・・・)

(抱かれたい・・・志貴兄様に愛されたい・・・でも・・・)

そこまで思考が及ぶと不意に頭の中に

―無理よ―

声が聞こえました。

―貴女、自分が退魔の世界で何と呼ばれているのか判っているの?―

(無論よ『破光の堕天使』・・・全てを破壊し尽くす悪魔・・・)

―判っているなら話は早いわね。貴女みたいな薄汚れた・・・血に塗れた女を誰が抱いて・・・いいえ、貴女の体を目当ての男なら履いて捨てるほどいるかも知れないわね。でも・・・心の底から愛してくれる男なんか何処にいるの?―

(それは・・・判っているわ。でも・・・私は志貴兄様が好き・・・愛しているの・・・身の程知らずと言われても良い。どんな立場でもいい。志貴兄様のお傍にいたい・・・これが私の願い・・・)

―そう・・・じゃあ今夜あの人にお願いしたら?私を抱いてくださいって?―

(ええっ!!)

―ふふっ、冗談よ。でも・・・貴女が何もかもかなぐり捨ててあの人を欲しがる気持ちわかるわ。あの人は本当に太陽の様な温もりを持っているわ。傍にいるだけで私の心まで溶かしてくれるなんて・・・確かに欲しいわ。あの温もり、一度味わったら離れるなんて到底出来ないから・・・さて長話はここまでにして、私は失礼するわ。せいぜいあの女達に出し抜かれない様にするのね―

(だ、出し抜かれるなんて・・・)

「・・・いっちゃった」

私の中にいたもう一人の私は・・・『破光の堕天使』としての七夜沙貴は散々人をからかってさっさと中に戻ってしまいました。

「それにしても・・・貴女がここまで喋るなんて初めてね」

これも志貴兄様のおかげ・・・

「兄様は私のものよ。あの人たちにも・・・どんな女にだって渡さない」

そう呟くと、浴室を私は後にしました。







「兄様、お風呂空きました」

「ああ、わかった」

俺は沙貴の声に応じるとそのまま浴室に入ろうとした。

「・・・」

「・・・」

「・・・沙貴」

「はい、何でしょうか?」

「なんでお前まだここにいるんだ?」

「えっ?・・・だって・・・兄様とお風呂に一緒に入ろうかなって・・・」

「・・・」

その答えに俺は一瞬絶句した後、

「・・・沙貴、それ誰に教わった?」

と、俺はなるべく静かな声でそう聴いたが、犯人はある程度絞っている。

俺の頭の中でその犯人はニコニコ笑いながら悪魔の尻尾を振っている。

「青子先生から『志貴をものにするんだったら一緒にお風呂に入ってそれから責任を取らせなさい』と・・・」

先生・・・俺は心の中で思わぬ伏兵にささやかな罵声を上げると、目の前でバスタオル一枚だけで、おどおどしている沙貴に向かって

「な、なあ、沙貴・・・そのなんだ・・・」

おれが言葉に詰まってどう言えば良いのかわからない所、沙貴は何を勘違いしたのか更にとんでもない事を言い出した。

「あっ、ご、ごめんなさい・・・兄様、やはり裸エプロンのほうが・・・」

「だぁーー!!そんなこと一体誰に教わったーーー!!」

「えっ?あ、あの・・・琥珀さんから・・・『ああ見えて志貴さんって、かなりエッチですから、裸エプロンをすれば一発でKOですよ〜あはは〜』と言われたもので・・・」

琥珀さーーーーーん!!あんたも犯人ですか!!

俺が本気で頭を抱えそうになった時、

「くしゅん!!」

小さなくしゃみが聞こえてきた。

「ん?ああ、湯冷めしたんだろ?・・・ふう、沙貴」

「は、はい!!」

「・・・入り直せ」

「えっ?」

「こんな状態でいたからな、このままじゃあ風邪を引くぞ、もう一度温まったほうが良い・・・って沙貴、なんで俺の腕を掴む?」

「それでしたら・・・兄様も一緒に入りましょう。私のせいで兄様をこれ以上お待たせするわけには・・・」

「い、いや、しかしな」

「さあ兄様入りましょう。お背中も流しますから」

そういうと沙貴は頬を真っ赤にして、俺を引きずり出した。

「お、おい!沙貴、待てっておい!」

俺の声は虚しく響きそのまま沙貴と一緒に風呂に入る羽目になった。

その後何が起こったのかは・・・







技解説

   『鳳凰』・・・
          魔殺武具『凶断』・『凶薙』での最強具現化能力。

          かつて軋間紅摩との死闘の中おぼろげながら掴んだこの技を志貴は、二年間かけて遂に完成させた。

          その威力は紅摩の両腕を吹き飛ばし、象徴『千の空間を支配したもう千の腕』の触手を跡形の無く消滅させた事から押して知るべし。

          ただし、その威力ゆえに刀の中に存在する全ての妖力を放出せねばならない為、一度しか使えず更に使用した後は暫く刀自体も、使用できないため、最後の奥の手として封印している。





後書き

   空間の章いかがでしたでしょうか?

   何気にオリジナルが多く出ているような気もしますが・・・まあ良いか。

   秋葉に平手打ちはまあ、志貴もこれだけ強くなったと言う事を一番表しているかな?と思い出しました。

   それと沙貴は二重人格ではありません。(笑)

中篇へ                                          余話へ                                          『時空の章』前編へ